No.Aー187出口王仁三郎







作家名 出口王仁三郎
作品名 『墨竹図画賛』
賛「緑蔭青子浄無基 昭和三春 王仁□」
略歴 出口王仁三郎(でぐち おにさぶろう) 明治4年(1871)~昭和23年(1948)
宗教家。京都の生まれ。旧名は上田喜三郎。岡田惟平に古事記・日本書紀の国学的解釈と和歌を学
ぶ。明治31年(1898)霊山高熊山で修行中に自身の霊能力を自覚する。同年静岡県清水の稲荷講社
本部で、総長長沢雄楯から行法を学んだ。帰郷後は皇道霊学会を設立し布教活動を開始した。この
頃、大本開祖出口なおを訪ね金明霊学会を設立する。また、なおの五女すみと結婚、なおの「筆先」
により王仁三郎と改名した。教団名を大日本修斎会と改め、教義を体系化し活発な布教活動を行う。
積極的な社会批判や救済の呼びかけは大きな反響を呼び、実業家、軍人、知識人の入信が相次いだ。
大正5年(1916)皇道大本と改称。王仁三郎は教団のなかで自身を瑞の霊・変性女子とし、厳の霊・
変性男子の開祖出口なおと対等の聖聖であるとした。大本教はその影響力から政府に二度の弾圧を
受け、多くの信者が教団を去った。王仁三郎は教団の再興を図り、エスペラントの採用など開かれ
た教団への体質改善に努め、教義面でも世直し的主張を後退させ、新教典『霊界物語』全81巻の述
作を精力的に進める。その後も人類愛善会や昭和神聖会を設立した。晩年は作陶に情熱を注ぎ、耀
盌3600点余を作った。昭和21年(1946)教団を愛善会と改称する。王仁三郎は10万首近い和歌を詠
み、書画、陶芸でも数多くの作品を残した。著作には『出口王仁三郎全集』全8巻、『出口王仁三
郎著作集』全5巻など多数ある。
価格 75,000円
詳細 紙本紙装丸表具
総丈 タテ189㎝ ヨコ46㎝
本紙 タテ134㎝ ヨコ33.5㎝
桐合箱
状態 少シミ、オレアリ。