No.Aー170元政上人肖像画 日燈慧明賛、海北友賢画



作家名 日燈賛、海北友賢画

作品名 『元政上人肖像画』
    日燈賛「無辺衆生無頓惑 不度而度不断断 無盡法門無上覚 誓願而知誓願満 草山波羅蜜題
        □□」

略歴  元政(げんせい) 元和9年(1623)~寛文8年(1668)
   日蓮宗の学僧、漢詩人。京都の生まれ。諱は日政、日如、日峰。字は元政。号は妙子、不可思議、
   泰堂など。通称は深草の元政、草山和尚、草山元政。毛利家家臣石井宗好の5男。彦根藩主井伊直
   孝に出仕し、26歳で京都妙顕寺の日豊について出家する。33歳で山城深草に称心庵(瑞光寺)を
   営み隠棲した。内省自行を尊び、持病に苦しみながら法華律(草山律、本化律)を提唱して僧
   の復興を図り、後の日蓮宗教団に大きな影響を与える。また熊沢蕃山・石川丈山・北村季吟らと
   交流があり、自身も当代一流の詩人・歌人で、その詩文集『草山集』には高雅な秀作を収めている。
   著書には『草山和歌集』一巻、『元元唱和集』二巻、『身延道の記』一巻のほか多数ある。

    日燈(にっとう) 寛永19年(1642)~享保2年(1717)
   日蓮宗の僧。三河(愛知)の生まれ。字は慧明。号は波羅蜜。初め律宗の慈任について出家し、智
   岸と称した。その後、省我律師の紹介で京都瑞光寺の元政に師事する。元政の入寂後は瑞光寺を継
   承した。日燈は草山の忠実な祖述者であり、特に『草山清規』一篇は元政の遺風を法規とし、修行
   の心地および行儀を述べ、草山一門の修行の綱領とした。また、持戒持律に厳しく、常に求道の精
   神をもち、法華律といわれた草山の規範を整理し組織化をなした。晩年は微疾に罹り、「本有生死、
   無去無来、泰然坐了、妙法蓮台」の遺偈と和歌一首を書して入寂、世寿76歳。著書には『三大秘法
   弁』『宗門禁要』や『要路会註』『草山集抄』などがある。

    海北友賢(かいほう ゆうけん) 
   名は正利。通称は瀧吉兵衛。友雪の門人。元禄15年(1702)祇園社に仁田四郎忠常斬猪図の額を
   画く。海北家においては、友雪の二男であると伝えられているが恐らくは養子であると思われる。

   元政上人の御姿を伝える新出と考えられる肖像画をここに御紹介申し上げます。
   元政上人のお姿については、青山嘉次郎著の『深草の元政』に「元政の容姿」の次の一文が掲載さ
   れています。元政上人の姉の春光院は、井伊直孝侯の側室であったことから、「諸侯の側室の美人
   たるべきは疑いないことで、その弟の元政上人の容姿が優しう麗しかったことは、こればかりでも
   想像せられる」、又「綺麗な剃頭であるから真に卵に目鼻を描いたやうな顔で繊い眉に所謂蒙古型
   の涼しい目、清く癯せて衣に耐へないやうな姿は婦人女子の如く」とある様な、まさにこの表現に
   ピッタリとあてはまるお姿を本画幅は伝えているものと言えます。

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詳細 絹本着色絹装表具
   総丈 タテ171.5㎝ ヨコ43㎝
   本紙 タテ81.5㎝ ヨコ31㎝
   太巻き桐合箱

状態 水シミアリ。一部補絹アリ、補修の裏書きあり。

2024年10月08日